僕は君が

ときめきの用例採集

ナンバー別感想(デスノート THE MUSICAL)

今回の再演で遅ればせながらデスミュにハマったのでナンバー別感想。何故か一万字超過しているのでご注意を。

9/22にデスミュ二回目を観てきたので、ネタバレだらけ感想をただいま書き上げ中。あ~~~、面白かった!キャスト別感想以外にデスミュのナンバーについてもあれこれ書きたくなったのでまずはこちらを投稿。歌詞のワンフレーズ引用などあり。デスミュの内容についてもネタバレしかない。一回目観劇後の、結末などには触れないようにしたネタバレ控えめ感想はこちら。

seshiki.hatenablog.com

ちなみに、観劇したのは二回とも浦井健治さんの夜神月。通称、浦井ト?浦イト?そのため、ナンバー別感想も浦井トさん準拠のものになっていそう。柿澤勇人さんのチケットはたしか先行で外れた上に、当日引換券がまだあった日に限って東京にいなくて断念。でも、WOWOW様で両バージョン放送があるらしいので待機!WOWOW様には本当にお世話になってる!

一幕

M-1「正義はどこに」

教室での正義についての討論。冒頭のこのナンバーだけで主人公・夜神月の主張が簡潔にまとめられていて一気に引き込まれる。教師にああも楯突いて自分の意見を言うのが最初は意外だった。ただ、そのおかげで、デスミュの月は原作よりも感情的で人間めいているとある程度把握できた。原作の月は本当に、一介の高校生がそんな対応できます!?っていう超人だから……。人間の行為全てに意味なんてないというデスミュのテーマにふさわしく、夜神月はまさに人間だった。この討論場面からすでに月の持つ危うさは垣間見えていて、デスノートがその起爆剤になったんだろうと頷ける説得力がある。教室隅っこで教科書(?)に視線を落としていた男子生徒の肩を月が二度叩くんだけど、その男子生徒が最終的には月の熱に浮かされるように皆の輪に加わって高らかに歌い上げていたのが、夜神月さまのカリスマ性~~~と沸いたポイント。生徒それぞれが色々な行動をしていて、ここは目が足りなかった!

M-2「哀れな人間」

死神リューク&レム登場。まさか死神たちがあそこから姿を現すなんて思わなかったので、初観劇のときはびくっと思わず体を揺らしてしまった。ビビった~~~。人間を眺める死神たちの視線は冷徹で、運命に抗おうとする行為全てを愚かで哀れなものだと評する。人間は様々なことに勝手に意味を見出しているがそんなものは無駄な足掻きで意味なんて何もない、というのはデスミュで死神たちが繰り返し唱えることだ。ここでリュークが「喜劇」と言う一方でレムが「悲劇」と返すのが、二人の死神のキャラクターを端的に表現していてすごく好きな歌詞。リュークは暇潰しにも(ほぼ)なり得ない観察対象として人間とは一定の距離を保っているけど、それに比べればレムは人間に僅かばかりの感情がありそうだと窺える。また、レムは月にとってのジョーカー的存在だと原作で把握していたため、レムの歌詞の節々から、このレムが愛を知って最終的には砂になってしまう展開なんだろうかやっぱり……と今後の展開に緊張した。このナンバーで「指をこぼれる砂をすくい続け」と人間の無駄な足掻きを表現していた死神二人。この歌詞が頭に残っていたので、ラストに黒の衣装(喪服?)を着たミサミサが自らの指の隙間からレムであろう砂を静かにこぼしていく演出で息を呑んでしまった。ミサミサの結末をどうするのか興味津々だったんだけど、これはこれで完璧な結末だと感動。デスミュにふさわしい。

M-3「できるものなら」

原作の夜神月も言っていた「皆病んでる」というフレーズ、デスノートを当然まだ本気にはしていないことが分かる。デスミュではさらに、それでも現状を変える力を求めてやまない月の切実さが胸に迫る。なーんてね、と少しふざけた言い方をした後で、「ああ 出来るならくれ」と若干力なく呟きを漏らす月の表情がよい。よすぎる。WOWOW放送を録画したら一時停止で凝視したいレベル。

M-4「デスノート

このナンバーでの感情の移り変わりが大好きすぎる〜〜〜!ニュースを見てデスノートが本物であることを悟った月が自分は人殺しかとまずは苦悩して、それから、いや今の世界が間違っているんだと思い直し、自分の手で世界を正そうと決意する様を繊細に克明に表現するナンバー。「不思議だ 世界が輝いて見える」の歌声が恐ろしく伸びやかで、これぞピュア月だーーーと聞き惚れてしまった。恐ろしいノートを携えながらもこの瞬間の月は本当に輝いていて、観客の目の前にまで明るい未来が開けたようにさえ見える。浦井トさん、自ら発光されているのかな?と思うほどにキラキラ。望んでいた"力"を手に入れた月はこのナンバー以降、「神」「使命」などと度々口にするようになり、神の領域に自ら進んで足を踏み入れていく。月の立ち位置が舞台上の階段を駆け上がった2階(何と呼べばいいんだろう、あのセット)で、見下ろす先には父親たち刑事がいるという演出がものすごく滾った。デスミュは夜神父子のすれ違いをクローズアップしている印象があって、このナンバーも父親に理解を求めている月の図のように時々見えて、夜神家切ない……と勝手に思っていた。

M-5「キラ」

リューク夜神月の元に登場。デスミュのリュークは基本的に月を暇潰しの玩具(他の人間よりはマシ程度)として見ている印象が強くて、原作よりは相棒感が薄い。リュークが月について歌うこのナンバーでも、「ただのガキだ」「変わったのは名前だけだ」と突き放している。自らを選ばれた存在だと誤解している月に冷や水を浴びせたとも言えるかも。デスミュで驚いたのは、死神独自の距離感なのか、リュークと月の距離がところどころで凄まじく近い~~~。リュークのマント捌きがすごく好きなんだけど、黒のマントの中に月を包み込むような仕草を見たときは動揺した。月の翻弄されている感がすごいぞ。リュークの圧勝です。それなのに、「サンキューベイベー」と最後に歌い上げるリュークを見つめる月が予想外にも微笑んでいて(多分)、ちょっとこの辺りの月の感情はまだ咀嚼できていない。ただ、意外といいコンビなのかもしれないと感じはした。人間がすることは全て無意味、というデスミュの根幹に流れる無常観を表現するためには、死神は月たちの遥か上にいるような雰囲気が必要不可欠だと思うので、端々で月を煽ったり小馬鹿にしたりするリューク最高!

M-6「恋する覚悟」

ミサミサ降臨!「いいでしょ」のポーズが逐一可愛い。選ばれし者だけができるポーズすぎる。髪形も衣装も最高だし、歌唱力抜群だし、ミサミサなら東京ドームも埋められるよ!(ドルヲタ脳)ここは横アリかな?って思うぐらいにミサミサのライブはアイドルらしさが凝縮されていて、かなりの人が一緒に手拍子をしてた気がする。キンブレとか不使用のアイドルライブってこんな感じなのかなと学びを得た。バックダンサー陣とのラップもそれぞれキュートで、王道のアイドルソングにはああいう感じのラップって意外となさそうなのに上手くマッチしているなぁと。

M-7「私のヒーロー」

粧裕ミサミサ二人でのナンバー。粧裕がこれを歌いだしたときは正直、デスミュは随分とエモい方向に舵を切るんだな~と感じたけれど、途中でミサミサも加わることで歌詞に一気に深みが増した。粧裕のヒーローではなくなるような行為に手を染めている月が俯いたところで、盆が回転して、ミサミサが登場するっていう演出が最高オブ最高!月は粧裕の憧れるヒーローではなくなったけれど、同時にミサミサを救い出すヒーローになったっていう光と闇。「泣いてる人 見捨てたりしない」って色々な意味でぐさぐさ突き刺さる……。ここで月が足を踏み出そうとしたときに、たしかリュークがマントで押し留めていた気がする。あれはどういう意図なんだろう。デスミュはリュークの感情があれこれ気になりすぎる~~~。不満点を一つだけ挙げるなら、語呂や文字数の都合で仕方ないんだろうけど、粧裕は「兄貴」呼びじゃなく一貫して「お兄ちゃん」呼びがよかったっていうことぐらい。あ、途中で立ち上がろうとした月を引っ張って無理矢理座らせるシーン、月と粧裕の何気ない日常っぽくて微笑ましかった。浦井トの傾向なのか、デスミュでは月が粧裕に滅法甘い。その隣にちょこんと座るリュークも可愛らしい。

M-8「ゲームの始まり」

L来た~~~!小池L降臨!!!役者が揃った感が凄まじいLのこのナンバー。Lの姿はここで初お目見えなわけだけど、初っ端から飛ばすな~!と一度目は思ったほどに好戦的な歌詞。デスミュLは相手の怒りの感情を特に注視していることが最初からよく分かる。「目障りだから遊んでやろうか」と小池Lのあの抑揚を抑えた淡々とした声で歌い上げられるだけでぞくぞくする。「恐れを投げ捨てた愚か者よ」という歌詞が、神をも畏れぬ所業に手を染めた月に対して的確すぎた。PC画面などを模した幾つものディスプレイを背にしてLが両手をゆっくり広げていくのがたまらぬ。振り返って、「学生だ」と呟く姿でさえ圧倒的存在感。これぞLのターン!このナンバーで恐らく初めて(?)「ゲーム」という言葉が出ていて、LはLで独自の正義感を持っていて月同様に負けず嫌いであることが窺える。

M-9「一線を越えるな」

総一郎パパと月が歌うこのナンバー、父子のすれ違いが可視化されていてものすごく好き。それにしても、ハムの人・別所さんがもう総一郎パパを演じられる年齢だとは。デスミュの夜神父子は原作を思い出す関係性で、愛情はあるけれど若干ドライに見えるこの感じ懐かしい、とさえ思った。別所さんの、実際に語りかけるような歌い方が総一郎パパには非常に合っていた。言わんとしていることが明らかにすれ違っていることを理解しているだろうに、「受け継ぐつもりさ」と言ってのけるのがまさに夜神月。父子で最後に歌い上げる姿は圧巻だけど、「神になれ」「神になる」と全く違う意味で使っていることを理解しているのは観客(と月)だけで、総一郎パパ……と切なくなった。

M-10「秘密と嘘」

Lと総一郎パパ→Lと月のナンバー。キラ捜査に適しているとしてLの名前を最初に出したのは総一郎パパだけど、Lの非人道的な捜査手法については何度も咎めている。M-9でも匂わせていたが、このナンバーでは明確に「地獄まで堕ちるつもりか」と危ぶんでいる。この時点ですでにLの行く末に不穏な影がありすぎる~~~。月の対決相手として登場したけれど、LはLで総一郎パパにとっては誇れる正義ではないというのが、この世に正しい正義なんてものはあるのかと考えさせられる。一方で月は、目の取引についてリュークから説明を受けるけれど一刀両断。この部分が、勝気でプライドの高い月らしすぎて最高だった!Lが腰掛けるソファー(座り方可愛かった)の背後に回ってその首に両手を掛けた体勢で「その命ごと僕が頂くから」と月が激情を露わにするのが好きすぎて、好きすぎて、舞台写真はこれにすべきなのでは???とホリプロに物申したいレベル。お顔が整っているからこそ目を見開くと凄みが増すなぁ、浦井トさんは。

M-11「デスノート(リプライズ)」

覚醒in新宿!FBIに仕掛けたトリックについてはお粗末だなーもう少し改変できないかなーと正直思うけれど、新宿駅での月の覚醒がこの世のものではない振り切れ具合で圧巻の一言なので、それによって全てねじ伏せられた。最高。FBI関係者はSNSに注意しようねってことで。新宿駅から立ち去る月のジャンプ姿もブロマイドにしてほしい。運動神経抜群ですね!?とただ者じゃなさすぎる飛びはねっぷりは一見の価値あり。ここで月が言う「犠牲」とはM-4で触れていたものとはもはや違うんだろうなと思わされるリプライズ。

M-12「できるものなら(リプライズ)」

どうしてこれがCD未収録なんですか!?と咽び泣きたくなる名曲。デスミュは原作が削ぎ落としてきた部分を丁寧に拾い集めてエモいデスノートとして再構築した、とネタバレ控えめ感想で触れたけれど(その一方で原作以上に無常観を貫いたとも言える)、その代表がこのナンバーだと強く感じている。FBI捜査官全員死亡のニュースを受けて、今後も捜査を続けるかと選択を迫られた刑事たちが歌う一曲。特に「ああ娘よどうか理解してくれ パパの決断を」で泣きそうになった。しかも、このナンバーがM-3のリプライズっていうのが何それ地獄?世界を変える力を欲しがっていた夜神月と、その月に立ち向かえる力を確実に持っていない刑事たちという恐ろしい対比。このナンバーを歌いきった後に登場する総一郎パパの、擦れた声での一言もまたいい。

M-13「正義はどこに(リプライズ)」

デスミュは群集のデフォルメ化が見事だとM-3でも思ったけれど、ここでも多種多様な人々の熱狂を上手く切り取っている。M-1では正義のありかについて様々な意見があったはずなのに、このM-13では正義は夜神月=キラにしかないと群集は熱に浮かされている。そんな中で「ただのクレイジーな人殺しだ」と冷静に指摘するLの存在感よ……!群衆の中に月が紛れた後で、ミサミサデスノートを拾って一幕の幕が閉じる。こんなの休憩時間中高揚するしかないじゃないか!という素晴らしい幕の閉じ方。

 

二幕

M-15「正義はどこに(リプライズ)」

幕に群衆の影が映し出されて始まるという演出にものすごく滾った。膝を立てて座っていた女の子が可愛い。

M-16「残酷な夢」

ミサミサとレムの邂逅。レムの姿を見て気を失ったミサミサに対して、何てピュアなんだと感嘆するレムの声音と言い方がすごく好み。ジェラスが気に掛けている相手として認識してはいたんだろうけど、この出逢いによってレムはミサミサにちゃんとした興味を持ったんだろうと実感できる。愛について相反する考え方を持つミサミサとレムがそれぞれ「愛は生きる力」「絶望の元」と口にするのがたまらない。ひたむきすぎるミサミサを落ち着かせようとするレムの言葉は全て通り抜けて、むしろレムの方がミサミサの考えに引っ張られている感さえある。全て歌いきった後で、思いつめたような覚悟を決めた声で「目が欲しい」と静かに告げるミサミサはすでに殉教者の趣さえある。

M-17「死のゲーム」

Lによる総一郎パパへの突然の、あなたの息子がキラだ発言で始まるこのナンバー。キラは学生だと指摘して以降特に推理してなかったからいきなりすぎて、観客のこちらも総一郎パパと同じく動揺した。怒涛の展開~~~。まあ、尺もあるから仕方ない。すぐさま場面は変わって入学式。挨拶する学長のおばあさまが何だかすごくキャラクターが立っていて好きだった。新入生代表としてLが先に挨拶した後、次どうぞといった感じに若干雑な手つきで月に場所を譲るのが、うわ~~~Lだ~~~と高まった瞬間。小池Lの動作が逐一納得できるものばかりで感動。ここで月とLが並び立った状態で「頭脳戦の幕が上がる」と歌い上げるのも最高の極みすぎて、デスミュ好きです……と拝みたくなった。国外での展開も込みで普遍性を求めてなのか、デスミュはギリシャ悲劇をイメージしているように節々で感じられる箇所があってそういう演出も好きだけれど、デスノートはやっぱりこの二人が対峙してこそ……!と強く強く思った。しかもここで「この目は貴方のものよ」とミサミサの呼びかけが挿入されるっていうのが、デスノートにふさわしすぎて完璧。デスノート夜神月とLの対決に滾るけれど、やっぱりそこにはミサミサの存在は必要不可欠。「騙し合い」「探り合い」「誘い合い」「殺し合う」の箇所、どっちの表情を凝視すればいいのかと悩みすぎた。私も、目が欲しい……。

M-18「秘密のメッセージ」

ミサミサ新曲。ミサミサが何て歌っているときだったか、背後から抱き締めようとしたレムの腕の間をすり抜けていくところがあった。それでもなおレムは緩やかに追いかけて、今度はちゃんとミサミサを抱き締める。ミサミサは意識的にレムの腕からするりと離れていったんだろうか。あーーー、ミサミサとレムの関係性をここまで深く考えたくなるなんてデスミュに狂わされてる~~~最高~~~。「ハチ公で」と言う瞬間が一際チャーミングで、そこでレムと楽しげに視線を合わせるのがこれまた可愛さの極致。

M-19「揺るがぬ真実」

Lのソロナンバー。あり得ない現実を受け入れなければ推理が組み立てられないなら全てを認めるしかない、と発想転換をするLの柔軟さが表現されている。しかもLは死神に比較的近い無常観を抱いているのか、「生きるか死ぬかに意味を持たすのは人間だ」とまで口にする。これはリュークが月に対して再三言っていた考え方に通じるものがある。このナンバーではライトが効果的に使われていて、「いいだろう全てを認めよう」とLが高らかに宣言するところで、暗かった舞台上が一斉にライトで照らされるという恐ろしくかっこいい演出。一人で佇む小池Lの貫禄が凄まじい。このナンバーまで意識していなかったけれど、ここでのLの立ち居振る舞いと声が非常に男性的で、Lって男性だったそうだった……と自分でもよく分からない感想を持った。小池Lのポテンシャルがすごい。

M-20「残酷な夢(リプライズ)」

渋谷のスクランブル交差点で、ミサミサが月の命令に従った後の死神たちのナンバー。月を妄信するあまり指示に従ってしまったミサミサの行く末を気に掛けるレムと、見捨てればいいと切り捨てるリューク。もうこの時点で、レムはミサミサを見捨てることなんてできないと明言している。そんなレムに対してルールだけは破るなと忠告するリュークからは、予定外の事態への期待感とほんの少しの心配を一度目は感じ取ったけれど、二度目の観劇ではひたすらに楽しそうな声音だった。リュークの感情読めない。死神の言葉や行動に意味を求めるのも愚かなことなんだろうな~~~。それでも飽きずに考えてしまう。また、ここでミサミサを唆す月の声音がぞっとするほど優しいけれど冷徹でもあって、浦井トさんの凄みに息ができなかった。しかも、早口で密やかな声だったけど、ちゃんと聞き取りやすい。

M-21「名誉にかけて」

総一郎パパのターン!総一郎パパは本当に原作に近くて、突然息子をキラだと言われてもなおLの元で捜査を続けるし、月の無罪を信じている。それでも万が一にも月がキラだったら……という疑心を心に抱いた状態。この心理状態で取り乱すんじゃなく、頑なに感情を抑え目にして胸の内を歌い上げるところがお見事すぎる。こうやって尺を割いて胸の内を歌われると、原作とはまた違うデスノートの側面が浮かび上がっていく。

M-22「ヤツの中へ」

あいつらこそがテニスの王子様!たしかに原作でも月とLのテニス対決はあったけれど、デスミュにかかればここまでエネルギッシュでスリリングなものになるのか~~~。原作を知っている身だと、敢えてあのテニス対決をミュージカルの1シーンとして取り上げる必要ある?と思ってしまいそうだけど、このテニス対決は演技も楽曲も最高すぎて平伏すしかない!最高!ラケットを握り締めながら「お前しか見えない まるで今世界に二人だ」と二人が視線を合わせたまま歌い上げる様子は、頭脳戦では決してないけれど、二人が繰り広げる心理戦の可視化になり得ていて、デスミュのストーリー上必要不可欠なピースだった。ボールの存在はテニミュのようには演出されない。それでもリュークの顔の向きや二人の動きによって非常に分かりやすい。テニスをしながらも床の盆が回っていく演出が歌詞にこれまた合っていた。「全て吐けよ」と言いつつボールを返す月がとてつもない力強さを見せつける一方で、「ボロを出せよ」と飄々と巧みなプレーで隙を狙うLという構図は二人をそのまま端的に表すプレースタイルすぎる。月もLも自由自在にラケットを操っていて、片手でそんなに巧みにラケットって回せるんだっけ?と運動神経0の人間としては二度見した。しかも、このナンバーでは女子との絡みもあって、月がとりあえずけしからん。トップアイドルのミサミサを彼女にしておいてまだ女子と絡む必要あります!?と思うほどに、ナチュラルに女の子たちの頭を撫でて、使ったタオルを渡してた……。罪深い。罪深すぎる浦井ト。とにもかくにも、テニスの王子様な月とLを拝めたことに感謝。

M-23「命の価値」

ミサミサの真骨頂。Lによって逮捕されて拘束されてもなお、月を裏切るわけにはいかないと頑なにLを拒絶するミサミサ。月を裏切るぐらいなら死を選択するその姿勢はいっそ美しいほどで、ここでLが感情を剥き出しにしたのも頷ける。「じゃあ死神は!?」と激しい口調で詰問する姿に、Lの方がミサミサに追い詰められているようにも見て取れた。命の価値の基準とするものが全く異なるので(そもそもLは命に特別な価値を見出してないように思う)、たしかにLの拘束が我慢比べならミサミサに分がある。これまでよりか細い声ながらも力強く、「私の勝ちだよ」と言ってのけるミサミサには涙が出そうになった。

M-24「愚かな愛」

涙を誘うレムのソロナンバー!何故愛で足をすくわれるのかと理解できなかったレムが、ミサミサのために自らを投げ出そうとする心情を歌い上げる。こんなの泣くしかない。しかも、拘束されたミサミサの足元にレムが跪いてその甲に顔を寄せるという体勢が、十字架に磔にされたキリストからインスパイアしてるのかと思えるほどに美しい構図。レムの「無防備な愛」を目の当たりにした気分。登場時から常に淡々と温度を感じさせない口振りだったレムが自らの中に芽吹いた感情をここでようやく剥き出しにするのが痛ましいし切ない。「今は不思議に胸が静かだ」という最後の締めくくりにはたしかに感情が息づいていて、一幕・二幕かけて徐々にレムの中で育っていった愛に涙するしかない。

M-25「揺るがぬ真実(リプライズ)」

大黒ふ頭。今までよりさらに感情が読めない能面のようなLの表情に不穏な空気。この後に、「ライト」とものすごく子供っぽく愛らしい言い方で電灯を見上げたLは可愛すぎた~~~。ただ、笑っていいのかと一瞬戸惑った。まさかここで、不意打ちでそんな笑いが差し込まれると思っていなかった。

M-26「最期の時」

勝利に酔い痴れる月の激情が迸ったナンバー。「チェックメイト」の言い方が激しく吐き捨てるようで、勝利を確信したLの落胆する表情がものすごく見たかったんだなと、これまで何度も指摘されていた通り月の幼稚さと負けず嫌いっぷりが浮き彫りに。ここにいるのはもう夜神月ではなくキラだ。高校生として正義について討論していたときに垣間見えた危うさが、デスノートを起爆剤として一気に月を飲み込んだのだろうと感じた。リュークの表情に注目すると、薄ら笑いを浮かべている瞬間もあったけれど、基本的には真顔で月を見定めているような印象を受けた。リュークデスノートに月の名前を書こうと決意したのはどの瞬間なんだろう。早くLの名前を書けとレムに冷酷に促した月が部屋から出て行った後、盆が回転して死神二人がはける瞬間視線を絡めていたんだよな……。このときにはもう、夜神月の運命は決まったように思う。実際はもう少し前なのかな?

M-27「デスノート(リプライズ)」

デスノートルールの制限時間40秒はこのためにあったんだと思えるほどに壮絶かつ見事な死に際だった。人間ってここまで縋って足掻けるんだと、浦井トさんの振り幅に恐れ戦いた。柿澤さんの月も見たすぎる。迫り来る死を意識した中で、今まで聞いたこともない声でそれでもなお自らの主張をリュークに伝える姿の凄味たるや……。一方でそれを無言で見下ろすリュークの無関心さよ。事切れた瞬間の呆気なさが、リュークが何度も口にしていた無常観を感じさせられる。しかも月がLとは正反対の方向を向いて倒れこむのが、二人の対比っぽくて滾った。これは意図的なんだろうか。

M-28「レクイエム」

ラストで一気に重厚なギリシャ悲劇のごとく締めくくる巧みさに恐れ入る。ミサミサが砂を落とすシーンなんて否応なしに儚さを感じさせられて、何で皆白の衣装を着ていないの?と疑問に思わされる始末(蜷川さん演出の悲劇ものの定番)。月をキラとして祀り上げた群集の歌声がレクイエムとして流れるのが、キラの最期には一番ふさわしいのかもしれない。夜神月の最期としては父や妹の嘆きや泣き声が望ましいんだろうけど、月はもはやキラとして果てたと解釈できるので、この最後の演出はものすごく好き。

 

デスミュは楽曲が全て素晴らしすぎて、ここまで全曲好きになるのが自分でも珍しいので驚いてる。しかも、どれもこれも歌詞がまた的確かつ適切で、デスミュ製作陣には平伏すしかない。近いうちに、二回目観劇時の感想も書き上げる予定。あー、デスミュは幸福すぎる体験だった!