僕は君が

ときめきの用例採集

左門くんはサモナー

 

※ネタバレを含みます。

 

 




左門くんはサモナーというマンガが今週号ジャンプで完結した。

ジャンプを開いて一番最初に読むマンガが、左門くんはサモナーだった。だった、になるのが切ない。来週のジャンプにはもう左門くんもてっしーもいない。

 

打ち切りなのか、10巻到達での円満完結なのか。ただ、思い描かれていた構想を圧縮させての完結のような印象は受ける。何より突然すぎた。そんな状況にも関わらず、最終回はすごく、ものすごくよかったんだけど!

この数ヶ月で左門くん側の事情は見せ尽くした感があった。アンリへの気持ち、ネビロスとの因縁、祓魔士としての家庭環境。左門くんの核に触れる話の連続だった。その核に触れようと行動するてっしーの変化も感じた。そうして、前回(最終回一つ前の回)のてっしーのあのモノローグ。一話の繰り返し。「これは私が地獄に堕ちるまでの物語だ」。だから来週からは、妹様も入学したことだし、てっしー側をもっと掘り下げていくのかと期待してた。人間誰しも、仏のてっしーにも、白黒つけられない、清濁併せ呑んだ部分があるんだってことを左門くんは理解していくんだろうと。

 

ただ、これは私の勝手な期待で、一巻ですでに「これは彼がどんな人間なのかを知っていく物語でもあるので~」と書かれている。左門くんがどんな人間なのかを、てっしーは知っていった。日常や戦闘、過去までも経て。それで十分、なのかもしれない。私にとっては寂しいけれど。

 

最終回の左門くんが語った事情は、地獄の三大支配者に目を付けられて、三人に負けたら地獄に堕とされるという危機的状況だった。そんな左門くんに「一緒に行ってあげるよ」と言ったてっしー(その後のニヤリ笑顔の可愛さ!)は、左門くんの敗北によって、一緒に地獄に堕ちる可能性が濃厚。「これは私が地獄に堕ちるまでの物語である!!」とてっしー自身が一話目で宣言しているから。ただ一方で、左門くんの勝負に付き合う=地獄へ殴り込み(地獄に堕ちる)だと解釈するなら、その後の二人は勝負に勝ってまた算文町に帰ってくる未来もありえる。これは希望的観測。

そもそも、左門くんが地獄の三大支配者に負けたとしよう。てっしーも一緒に地獄に堕ちたとしよう。だからといって、堕ちたままだとは一言も言ってない、っていう左門くんみたいな屁理屈をこねたい。左門くんとてっしーなら何とかする筈できる筈っていう希望(信頼)は、これまでのお話で築き上げられてきた。てっしーが地獄に堕ちるまでの物語はここで完結するけれど、その後も二人は続く。恋人でも、友人でもないだろうけど、唯一無二の相棒として。左門くんが最後にてっしーに投げかける言葉は、特別だ。そして、サブタイトルにも胸が苦しくなった。基本的にてっしー視点で語られてきたこのお話に、最終話にして左門くんの感情が籠められた。(ちょうど作ろうと思っていたこのブログの名前もしっかり影響を受けてる。ただ、もう一つ影響を受けたマンガがある)

 

左門くんはサモナー9巻には、松井先生推薦の帯がつけられた。ネウロ暗殺教室の松井先生。「今、ジャンプで一番同じ香りを感じる漫画家さんです」。ネウロ最終巻で松井先生が語った、商品として責任のある終わらせ方を目標としてあらゆるパターンのストーリー構成を考えていたというお話。私はこの姿勢が大好きだ。左門くんには、ネウロというか松井先生みを連載一回目からずっと感じてた。パロディーネタや絶妙な毒々しさから自分はそれを感じ取ったんだろうけど、左門くんはサモナーというマンガも、あらゆるパターンを想定してストーリーが進んでいる気がした。結果、左門くんの最終回は美しかった。日常回と見せかけて先週ラストでのあのモノローグの提示、そして今週の最終回。美しいから切ない。寂しい。奇しくも今日は左門くんの誕生日だ。

 

沼駿先生、本当にお疲れさまでした。素敵な物語をありがとうございました。


 

「これは私が地獄に堕ちるまでの物語である!!

 

ここまで惹き付けられた、連載一回目のモノローグはない。